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パッケージ探訪: spirv-llvm-translator

2023年4月2日
著者: 竹洞 陽一郎

はじめに

近年、グラフィックスや並列コンピューティング分野でのプログラムの表現として、SPIR-V (Standard Portable Intermediate Representation - V) が大変重要な役割を果たしています。
SPIR-Vは、Khronos Groupによって開発された中間表現で、VulkanやOpenCLなどのAPIで使用されることが一般的です。
一方、LLVM (Low Level Virtual Machine) は、広範なプログラミング言語とターゲットアーキテクチャをサポートするコンパイラ基盤です。

この記事では、この2つの技術をつなぐ「spirv-llvm-translator」について解説します。

SPIR-Vとは

SPIR-V (Standard Portable Intermediate Representation - V) は、Khronos Groupによって開発された中間表現(IR)のバイナリフォーマットで、グラフィックスおよび計算アプリケーションで使用されるプログラムの表現として設計されています。
SPIR-Vは、主にOpenCL、Vulkan、OpenGLなどのAPIの中で使用されます。

SPIR-Vは、ハードウェアやプラットフォームの独立性を高め、異なる種類のコンピューターアーキテクチャに対応できるようにすることを目的としています。
これにより、開発者は、異なるデバイスやプラットフォーム間で互換性があるコードを効率的に生成できます。

SPIR-Vは、シェーダーやカーネルプログラムを記述するための高レベルプログラミング言語(例:GLSLやOpenCL C)から、より低レベルな中間表現にコンパイルされます。
この中間表現は、さらにデバイス固有のバイナリにコンパイルされることで、GPUやCPUなどのハードウェアで実行されます。
このプロセスは、パフォーマンスの最適化やハードウェア固有の最適化を容易にすることができます。

SPIR-Vの利用分野

グラフィックスAPI(Vulkan)
SPIR-Vは、グラフィックスAPIであるVulkanのシェーダープログラムのバイナリ形式として使われています。
開発者は、シェーダープログラムをGLSLやHLSLなどの言語で記述し、それをSPIR-VにコンパイルしてVulkanで使用します。
これにより、シェーダープログラムのパフォーマンスが向上し、Vulkanがサポートするプラットフォームでの互換性が確保されます。
コンピュートAPI(OpenCL)
SPIR-Vは、OpenCLという並列コンピューティングAPIで使われています。
OpenCLカーネルプログラムをC言語ベースのOpenCL Cで記述し、それをSPIR-V形式にコンパイルして実行できます。
SPIR-Vを使用することで、カーネルプログラムの最適化やプラットフォーム間の互換性が向上します。
ウェブグラフィックス(WebGPU)
SPIR-Vは、ウェブブラウザでのグラフィックスや並列コンピューティングを提供する新しいAPIであるWebGPUのシェーダープログラムとカーネルプログラムの中間表現としても検討されています。
ただし、WebGPUは現在進行中のプロジェクトであり、仕様がまだ確定していません。
シェーダーコンパイラとツールチェイン
SPIR-Vは、シェーダーコンパイラやツールチェインの中間表現として使われることがあります。
たとえば、glslangやshadercといったシェーダーコンパイラは、GLSLやHLSLからSPIR-Vへの変換を行い、さらに他のツールを使って最適化やデバッグを行うことができます。

LLVMとは

LLVM(Low Level Virtual Machine)は、コンパイラやツールチェインの基盤となるオープンソースプロジェクトです。
2000年にクリス・ラッターナー(Chris Lattner)によって開始され、現在は広範なコミュニティからの貢献を受け入れています。
LLVMは、プログラムのコンパイル、最適化、および実行を効率的かつ柔軟に行うためのフレームワークを提供し、様々なプログラミング言語やターゲットアーキテクチャをサポートしています。

LLVMは以下の主要なコンポーネントから構成されています。

LLVM IR(中間表現)
LLVMの中心的な概念であり、プログラムをプラットフォームやハードウェアに依存しない形式で表現します。
これにより、LLVMはさまざまな最適化や変換を適用でき、最終的な機械語コードを生成する前にプログラムの効率を向上させることができます。
「IR」は、「Intermediate Representation」(中間表現)の略です。
中間表現は、コンパイラや言語処理系において、ソースコードを解析し、コンパイルの過程で最適化やコード生成を行うために使用されるプログラムの抽象的な表現です。
フロントエンド
フロントエンドは、プログラムを特定のプログラミング言語(C、C++、Rust、Swiftなど)からLLVM IRに変換するコンポーネントです。
LLVMは、複数の言語フロントエンドをサポートし、Clangがその中で最もよく使われるC/C++/Objective-C用フロントエンドです。
バックエンド
バックエンドは、LLVM IRを特定のプロセッサーアーキテクチャ(x86、ARM、MIPSなど)の機械語コードに変換するコンポーネントです。
LLVMは、多数のターゲットアーキテクチャのバックエンドをサポートしています。
最適化パス
最適化パスは、LLVM IRに対して実行される一連の最適化手法で、プログラムのパフォーマンスを向上させたり、コードサイズを削減したりするために使用されます。
LLVMは、多くの最適化パスを提供し、開発者は独自の最適化パスを追加することもできます。

これらのコンポーネントにより、LLVMは高いパフォーマンスと柔軟性を提供し、さまざまなプログラミング言語やプラットフォームでの開発をサポートしています。

LLVMの利用分野

コンパイラと言語処理系
LLVMは、多くのプログラミング言語のコンパイラや言語処理系の基盤として使用されています。
Clang(C, C++, Objective-C)、Rust、Swift、Juliaなど、さまざまな言語のコンパイラがLLVMを利用しています。
ジャストインタイム(JIT)コンパイル
LLVMは、実行時にコードを最適化して実行するJITコンパイラの基盤としても活用されています。
たとえば、WebブラウザのJavaScriptエンジン(AppleのSafariのJavaScriptCoreなど)や、JavaのGraalVMがLLVMを使ったJITコンパイルを行っています。
グラフィックスとGPUプログラミング
LLVMは、グラフィックスやGPUプログラミングにおいても使われています。
例えば、AMDのGPU向けのオープンソースドライバ「AMDGPU」や、AppleのGPUコンパイラがLLVMをベースにしています。
また、LLVMを用いた中間表現を利用することで、VulkanやOpenCLのシェーダープログラムやカーネルを最適化してコンパイルできます。
静的解析ツール
LLVMは、静的解析ツールの基盤としても活用されています。
静的解析ツールは、プログラムを実行せずにコードを解析し、バグやセキュリティ上の問題を検出することができます。
Clang Static AnalyzerやClang-Tidyなど、LLVMベースの静的解析ツールが開発者によって使用されています。
エミュレーションと仮想化
LLVMは、エミュレーターや仮想マシンの開発にも役立ちます。
例えば、QEMUエミュレーターは、LLVMを使用したJITコンパイルをサポートしており、異なるアーキテクチャ間でのエミュレーションを高速化しています。

spirv-llvm-translatorとは?

spirv-llvm-translatorは、LLVMのIR(中間表現)とSPIR-V間で相互変換を行うためのライブラリおよびツールセットです。
これにより、LLVMベースのコンパイラや言語フロントエンドを活用して、SPIR-Vと互換性のあるバイナリを生成することができます。
spirv-llvm-translatorはオープンソースプロジェクトとしてGitHubで公開されており、コミュニティからの貢献を受け入れています。

spirv-llvm-translatorの利点

言語とアーキテクチャのサポートの拡大
spirv-llvm-translatorを使用することで、LLVMがサポートする多様な言語やアーキテクチャを活用して、SPIR-V互換のコードを生成することが可能になります。
これにより、開発者はより広範なプラットフォームやデバイスでの互換性を確保できます。
最適化とコンパイルの効率向上
LLVMの強力な最適化機能を活用することで、SPIR-Vのコード品質が向上します。
また、spirv-llvm-translatorを使用することで、開発者はLLVMの成熟したコンパイルパイプラインを利用できるため、コンパイル時間の短縮やデバッグの容易さが向上します。
エコシステムの拡大
spirv-llvm-translatorは、VulkanやOpenCLなどのKhronos APIを活用するアプリケーション開発者にとって有益であり、SPIR-Vのエコシステムを拡大する役割を果たしています。
これにより、開発者はSPIR-Vを用いたアプリケーションの開発を容易に行えるようになり、さらなる技術革新が促されます。

spirv-llvm-translatorの使い方

LLVM IRからSPIR-Vへの変換

以下のコマンドを実行して、LLVM IRファイル(.llまたは.bc形式)をSPIR-Vバイナリファイル(.spv形式)に変換できます。


llvm-spirv input.ll -o output.spv

SPIR-VからLLVM IRへの変換

逆に、SPIR-VバイナリファイルをLLVM IRファイルに変換するには、以下のコマンドを実行します。


llvm-spirv -r input.spv -o output.ll

このように、spirv-llvm-translatorは、簡単なコマンドでLLVM IRとSPIR-V間の相互変換を実現します。

まとめ

spirv-llvm-translatorは、SPIR-VとLLVMの世界をつなぐ有益なツールであり、開発者が広範なプラットフォームやデバイスでの互換性を確保しながら、効率的にSPIR-V互換のコードを生成できるようにします。
また、最適化やコンパイルの効率向上、SPIR-Vエコシステムの拡大といった利点も提供します。
開発者がこれらのツールを活用することで、よりパフォーマンスが向上したアプリケーションの開発が可能となります。